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大阪高等裁判所 昭和47年(ネ)1328号 判決 1973年11月02日

控訴人 村上福寿こと金福寿

被控訴人 岡田実こと金達玉

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、原判決を取消す、被控訴人の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とするとの判決を、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張および証拠関係はつぎのとおり訂正、追加するほかは原判決事実欄記載と同様であるからこれを引用する。

(一)  控訴代理人はつぎのとおり述べた。

(1)  控訴人が被控訴人主張の白地の約束手形を作成したことはみとめる。しかし、その振出人の署名は記名押印の方式でなされ、横書き記名部分の中央左寄りにかぶせて商号印が押されているだけで、末尾に押さるべき控訴人の押印を欠いている。

手形の振出人の記名押印は手形債務の負担行為としての手形行為を完成する意図をもつてなされたことが書面上の記載自体で確認できるものでなければならない。会社や行政庁の文書において一般に社印や庁印が記名の頭部あるいは中央部に押印されるのが荘重化のためであるのと同様、本件手形の振出人欄に上記の形で押された商号印は単に荘重化のためのものであつて、社会通念上、手形行為たる記名押印を完成する意図のもとになされた押印と解することはできない。こういう手形は流通しないことからも明らかである。したがつて本件手形は振出人の署名としての記名押印中、押印を欠く無効の手形である。

(2)  本件手形は、受取人の記載がなされない不完全手形のまゝ訴外小林孝助が控訴人の手許から窃取したのである。右白地部分の補充権は控訴人は何人に対してもこれを附与したことはない。したがつて、被控訴人が右手形を取得後これを補充したとしても、補充の効果は生じない。

(3)  本件手形を窃取した小林孝助は無権利者であり、同人を経て手形を取得した被控訴人も手形上の権利を取得しない。

(二)  被控訴人は、本件手形における振出人の記名押印が控訴人主張のとおりの形でなされていることをみとめ、小林孝助が本件手形を窃取した事実を否認した。

(三)  証拠関係<省略>

理由

一、振出人欄に、控訴人の記名と押印が控訴人主張の形でなされ、被控訴人主張の記載のある約束手形を控訴人が作成したことは、当事者間に争がなく、被控訴人が右手形の振出日を昭和四四年三月一〇日、受取人を岡田実(被控訴人)と補充し、満期に支払場所に呈示し、現に所持することは、甲第一号証の提出およびその記載ならびに成立に争のないその付箋部分によつてみとめることができる。

二、本件手形の振出人欄に存する控訴人の記名と押印とが手形要件たる振出人の記名押印とみとめるに足ることについては、その点に関する原判決の判断(原判決の理由第一項)と同様であるから、これを引用する。(ただし、「村上製作所之印」とあるのは、「村上製作所印」と訂正する)。

なお、控訴人は、振出人の記名にかぶせて、その中央部分に押された商号印は単に荘重化のための押印にすぎないと主張する。しかし記名の末尾に実名印があつて、さらに、右のような商号印が加わつている場合は、まつたく余分な押印として荘重化のためとでも意味づけるほかなくなるであろうが、記名と結合した印として、それしかないときには振出行為としての記名押印の一態様とみとめるほかはない。法人の署名の場合には問題はなお複雑であるが、少くとも振出人が個人(自然人)の場合には右のように考えてよい。ことに個人の場合、実名印のほかに商号印をも押すことが、そんなに一般化しているとは考えられない。そして、記名の末尾のみに商号印を押した場合、実名印を押した場合、記名にかぶせて中央にのみ実名印を押した場合とくらべて考えると、末尾に押してあれば商号印でもまつたく不足のないことは異論がないであろうし、中央にのみ押してあれば実名印でも不格好に見えることは、商号印と異ならない。しかし不格好だというにすぎない。不格好なために振出の相手方が受取ることを拒むこともあろう。流通を阻害するということになるが、そういう流通阻害の原因になるからといつて手形要件たる押印を欠くといわねばならないものではない。手形の効力は現に流通した後にはじめて問題になるのが普通で、その段になつて流通しにくい記載方法などということを手形の効力の問題として考えるべきではない。署名について言えば自署がもつとも本格的な署名であるが、自署のみで押印のない手形は、わが国では、おそらく、もつとも流通性を欠くであろう。

三、控訴人は本件手形は小林孝助が控訴人から窃取したものであると主張するが当審証人高海祥の証言中、これに副う部分は、証言自体の脈絡からみて信用できず他に右窃取の事実をみとむべき証拠はない。かえつて、原審における被控訴人本人の供述(第一、二回)により、本件手形は昭和四四年三月一〇日頃控訴人の夫である高海祥から被控訴人に交付されたものであることがみとめられ、これに反する原審および当審証人高海祥の証言部分は採用できない。そして当審証人高海祥の証言により、右手形交付の頃、控訴人が控訴人振出の手形の振出行為一切を高海祥にまかせていたこと、控訴人振出の手形は、ほとんどすべて振出日および受取人を白地として振出していたことがみとめられる。

右事実によれば、本件手形も、白地部分は所持人に補充をゆだねる趣旨で手形が作成され、その趣旨をもつて控訴人を代理する権限のある高海祥から被控訴人に交付されたものとみとめられるので、被控訴人の上記補充は有効になされたものとしなければならない。

四、そうすると、被控訴人が控訴人に対し、本件手形金額と満期以後の法定利息の支払をもとめる本訴請求は正当として認容すべきであり、同旨の原判決は相当であるから、本件控訴を棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 鈴木敏夫 三好徳郎 中川臣朗)

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